そば処うちだ(群馬県高崎市)蕎麦専門店のかけ蕎麦の実力

群馬県のおいしいそば屋

「かけ蕎麦」.蕎麦とつゆだけで構成されるその品は筆者にとっては食事の基本形である.例えるならば,白飯と味噌汁といったところであろうか.おかずも一緒に食す「種物」もいいが,やはり「かけ蕎麦」は特別だ.その飾らない姿にはひかれてやまないものがある.

今でこそ「かけ蕎麦第一主義」の筆者であるが,最初からそうであったわけではない.かつては「もり蕎麦」ばかりを好んでいた.さらに若い頃には特にこだわりもなく,夏は冷しぶっかけ系の蕎麦,冬は寒いからとの理由で温かい汁蕎麦といった具合でのメニュー選択である.そんな筆者に転機が訪れたのは数年前・・身体の調子を整える目的で毎朝かけ蕎麦を食し続けた体験の中での洞察である.かけ蕎麦にしたのは単に時期が冬場であったために過ぎない.市販の蕎麦を自分で適当に調理しただけのかけ蕎麦.お店のものに比べれば圧倒的に劣る味わい.しかし,それでも『旨い』.やはり,蕎麦は『旨い』のだ.当初は毎朝一番で蕎麦を食せる喜びで夢中だった.しかし,それが続くこと40日・・.「もり蕎麦」をそこまで食べ続けたことはない.何より,自信がない.しかし,「かけ蕎麦」は違ったのだ.飽きるどころの話ではない,さらなる感動を求めて増すのは探究心ばかりであったのだ.『・・個人店のかけ蕎麦を研究(食べ歩き)しよう』.何かが目覚めた瞬間である.

こうして始まったかけ蕎麦探究の一環で出会ったお蕎麦屋さんの一軒が高崎市内にある.何よりそこはうどん王国・群馬県1)にあってうどんを提供しない「蕎麦専門店」である.

JR高崎駅東口から県道24号線を2km強ほど進むと左側にあるお蕎麦屋さん.とんかつ屋さんの背面にあり,2017年に移転新装オープンしたその店構えは輝かしい限りである.「石臼挽き自家製粉の店」を名乗る看板には『こだわれば更科・極めれば十割』の文句が堂々と掲げられている2).何やらすさまじいほどのこだわりが感じられる.こだわりの強さでは容易に引けは取らないはず・・そう自負しつつも何か次元が違うといったオーラがむんむん.そんな心地よい緊張感で暖簾をくぐると『当店は「蕎麦専門店」です』,『うどん・御飯(セットメニュー)取り扱っていません』のはり紙が目に入る3).“うどん王国・群馬”,“食事は質より量の群馬”でこのこだわり.『・・ただのお蕎麦屋さんであろうはずはないな』と思いつつ入店する.

『こんにちは・・』.『いらっしゃいませ~』とアルバイトらしい若い女性店員さんが応対してくれる.どこかカフェのようなおしゃれな店内.一人客用のカウンター席に座ってお茶の配膳を待つ.ほどなく現れた店員さんに『かけそばをお願いします』と注文.厨房の窓口で聞こえる『かけ一杯~』の発声に心がおどる.お昼の混雑時を過ぎた時間帯であるため,食後の歓談を楽しむお客さんが数組ほど.ほとんどがご高齢の女性客である.『もっと若い人たちにも蕎麦を食べてほしいな』,『理想は今この場に若いカップルがいることだよな』と日本蕎麦の行く末に思いをはせているのもつかの間,『お待ち遠さま~』と期待のかけ蕎麦が登場する.

蕎麦とつゆのみの世界.さすがこだわりの専門店.蕎麦とつゆの逢瀬に水を差すことはない.脇に控えめの薬味の白葱.控えめなのはつゆ本来の味わいを重視してのことだろうとまずは一口つゆから頂く.『ずずっ・・』.『!!』.かえしでもなく,出汁でもなく,口内に広がる確かな旨み.何だろう,辛さでもなく,淡いわけでもないすっきりとしたつゆの味.脱帽である.続いて,茶褐色の大海から蕎麦を手繰る.ほのかに星のある二八蕎麦は見た目の質感からしてもいかにも蕎麦らしい.『つゆの味わいからして間違いない,きっと口に含めば天国だ』との期待を胸に一気にすする.再びの『!!』である.蕎麦である.当たり前ではあるが蕎麦なのである.言わずもがな,かけ蕎麦はつゆに浸して食べるものである.それゆえに「もり蕎麦」のようにはその存在感を感じることはできない.それはそれでよいのだ.かけ蕎麦はそういう食べ方なのだ.しかし,このうちださんのかけ蕎麦は少々事情が異なる.蕎麦の風味,舌触り,のど越し等々,蕎麦らしい存在感を残しつつ,それでいてつゆと絶妙に調和しているのだ.『これは凄い・・』.筆者の単純な心は『旨い』と『凄い』の二文字で満ちた.3分の2ほど食べ進めたところで薬味の白葱を加えてみる.葱の風味がつゆを引き締め,これまた気の利いた味わいとなる.〆の一すすりにお勧めの演出と言えるだろう.

最後の一滴まで残さず完食.丼をお盆に戻して,一息つく.再認識するのは世界の広さ.かけ蕎麦の奥深さである.蕎麦とつゆだけゆえにごまかしが利かない4).しかしそれは,ひるがえせば最も純粋に蕎麦とつゆの調和の真髄を追求できるということに他ならない.『やっぱり,かけ蕎麦だな』.某CMのセリフが脳裏に浮かぶ5).そう,『やっぱり,かけ蕎麦だな』なのだ.言葉は一字一句違わず同じである.ただ,そこに込められた思いは旧知の仲を確認し合うような感覚でのそれではない.自身が求める蕎麦をひも解く鍵はやはりかけ蕎麦にあるのだという確信としての『やっぱり,かけ蕎麦だな』なのである.精神の脱皮を終えたかのような心持ちで勘定を済ませ,店を出る.『美味しかったです』とは伝えてきた.ただ,言葉は時に無力である.基本,私にとって蕎麦は美味しいのだ.その「美味しい蕎麦」の中でも幾重もの次元の「美味しい」が存在するのだ.この探究を続ける限り,きっとまたどこかで改めて確信する時があるだろう,『やっぱり,かけ蕎麦だな』と.蕎麦で温まった身体とは裏腹に師走の空気のように冷えた精神.どこか哲学者になったかのような心境で店を後にするのだった.

  1. 人口10万人あたりでうどん屋の店舗数が香川県に次いで全国2位.江戸時代からうどんを食す習慣があり,群馬三大うどんとして,水沢うどん,桐生うどん,舘林うどんが知られている.また,郷土料理の「おっきりこみ」も広義のうどんである.
  2. 通常の二八蕎麦(せいろ,かけ,種物)のほか,十割蕎麦や更科蕎麦の「もり」も楽しめる.
  3. 旧店舗ではうどんを,新店舗でも御飯のセットメニュー(天丼セット,カレー丼セットなど)を扱っていたこともある.2018年6月12日よりセットメニューを終了し,創業当時の目的である「蕎麦専門店」になったとのこと.そば処うちだWebサイト (https://www.b-mall.ne.jp/t/1401/932068/).閲覧日2018年12月16日.
  4. 小学館発行(2018).「サライ」2019年1月号 特集記事,77-93.
  5. 松田龍平氏が出演しているJR東日本 Suicaのコマーシャルでのセリフ.

参考文献

新島 繁 (2011).蕎麦の事典,講談社学術文庫

(レポート提出/葉乃井)

【店名】そば処 うちだ

【読み】そばどころ うちだ

【電話番号】027-333-7476

【住所】群馬県高崎市南大類町957

【アクセス】JR高崎駅から車で約8分

【営業時間】11:00~20:30 (通し営業)

【定休日】水曜定休

【ひとり分の平均的な予算】1000~2000円

【予約】不可

【クレジットカード】不可

【個室】無

【席数】35席(カウンター5席,テーブル30席)

【駐車場】有

【煙草】全席禁煙

【アルコール】有 (ビール,日本酒,焼酎)

【店のホームページ】https://www.b-mall.ne.jp/t/1401/932068/

【地図にリンク】https://goo.gl/maps/5qFg6LxNwn52

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