
【概評】
片山虎之介 日本蕎麦保存会会長 (片山虎之介の公式HPへ)
2022年度、「おいしいそば産地大賞」の審査にあたり、意外な驚きに出会いました。そばは本当に奥が深いと、改めて痛感した体験でした。それについても書きますので、少々長いですが、概評も一通り、お読みください。
今回のランキングに、長野県御代田町で栽培されている「信州大そば」が、初めて登場しました。信州大そばは、私が師と仰ぐ、故 氏原暉男先生が育成された品種です。この品種の特徴は、4倍体であることです。
4倍体というのは、品種改良する過程でコルヒチンという薬に浸けて、種実を大きくした品種のことです。通常の改良品種より、さらに一回り大粒の実になります。
実が大きくなるので、畑での生産量も上がります。
氏原先生がこの品種を作られたとき、生産者には好評で、多くの農家が栽培されたのですが、すぐに栽培をやめて、他の品種に切り替える人が出てきました。その理由は、「信州大そばは、量はたくさんとれるけれど、おいしくないから」というものでした。
この評価はその後、定着して、「信州大そば」はおいしくないものというイメージが広がりました。
私も、この過程については知っていたので、そうなのかと思っていたのですが、今回「ちょっと待てよ、それは本当か?」と思わせる出来事に直面したのです。
私は2020年末に、山形県の代表的な栽培品種である「でわかおり」を入手しました。これを、「おいしいそば産地大賞」の審査会で試食したところ、予想以上のおいしさに驚いたのです。麺の作り方によっては、在来種のそばに負けないくらいのおいしさを備えていました。
県などに問い合わせ、品種開発の経緯を調べてみると、「でわかおり」は、4倍体の品種を開発する過程で生まれた、4倍体ではないソバであることがわかりました。
山形県で「でわかおり」以前に主力として栽培されていた「最上早生(もがみわせ)」は、10アールあたりの収量が130kgもある優れた品種ですが、「最上早生」誕生から69年後に新品種として発表された「でわかおり」は、10アールあたり87kgと、「最上早生」の67パーセントしか収量がありません。69年間も研究を重ねて後から登場したのに、新人の方が成績が悪いというのは、いったいどういうことなのかと、首を傾げたくなる話です。
この点について、さらに問い合わせると、「でわかおり」は、収量は少ないけれど、食味が良いという理由で山形県が採用した品種だったのです。これには驚きました。
「でわかおり」は、種実は大粒なのですが、4倍体ではありません。4倍体を開発する過程で、予想外の成果として誕生した品種なのです。
こんなに大粒なのに、でもおいしいというそばに、私は初めて出会いました。そこから「では、4倍体の信州大そばは、本当においしくないのか」という疑問がわいてきたのです。
御代田町の生産者から信州大そばを入手して、試食したところ、なんと、こちらもおいしかったのです。
しかし、そばの味は、その年により、生産者により、またそばの作り方により、大きく変わりますので、皆さんが同じことをしようとしても、同じ結果が出るとは限りませんので、それはご承知ください。
今回の審査において、もう一つ、大きな関心を抱いたのは、「そばの赤すね」についての疑問です。
昔から、畑で栽培したそばの茎が赤くなるのは、ソバにストレスがかかっているからだと言われています。それはあまり良くないことだと認識されているのですが、これについても「本当にそうなのだろうか?」という思いがわきあがる出来事に直面したのです。
長くなるので、詳しくは、それぞれの産地を紹介する文の中で書くことにしますが、「でわかおり」と、今回、第二位に浮上した「八尾在来」のソバが、畑の状態を見ると、びっくりするほどの赤すねなのです。「赤すねと、おいしさには、何か因果関係があるのだろうか?」と、非常に興味をそそられるケースでした。
ここから先は、それぞれの産地の記事で、ご紹介していきます。
この「おいしいそば産地大賞」は、生産量の多さではなく、そばそのものを実食して、おいしさによってランキングを決める大賞です。
日本を代表する、おいしいそば産地のランキング、どうぞご覧ください。
【東京で行われた審査会の様子】
片山虎之介と、全国から集まった22人の蕎麦鑑定士が、北海道から九州まで、全国の主要そば産地のそばを実食して採点しました。その評価をもとに、片山虎之介が総合的に判断してランキングを決定しました。
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第1位 グランプリ
福井県/福井在来
品質の高さと、県全体で在来種を栽培していることの安定性で、グランプリ二度目の連覇を果たしたのが、福井県の福井在来(注1)です。
今回審査したそばは、2021年に栽培、収穫されたものですが、この年は雨の影響で、地域によっては全滅に近いほどの被害を受けました。
私、片山が毎年購入している福井の生産者も大きな被害を受けたため、今回はその生産者からは購入することができませんでした。
他の生産者から分けていただいてなんとか必要量を確保できましたが、北陸地方は近年特に嫌な雨の降り方をするため、今後、どのように変化していくのか心配しています。
手に入れたそばの優秀性は変わることなく、見事に在来種のおいしさを維持していました。
全国に点在する在来種のそば産地の中でも、福井は、県をあげて在来種の栽培に取り組んでいるという特徴があります。これほどの規模で在来種を生産している地域は、他にはなく、日本そばの食文化を、福井の在来種が守っていると言っても過言ではないと思います。
なお、福井県では、在来種のそばの魅力を、より多くの人に知ってもらうために、2024年に「全国そばグルメ博覧会(仮称)」を開催することを決定しました。2023年度に、プレ博覧会を行い、2024年度に本番の「全国そばグルメ博覧会(仮称)」を実施します。実に2年の準備期間を設け、福井で行われる全国規模のそば博覧会にご期待ください。
(注1)福井在来とは、福井県で栽培されている、大野在来、丸岡在来、今庄在来など、何種類もある在来種の総称です。
第2位
富山県/八尾在来(やつおざいらい)
前回は3位だった八尾在来が、今回は2位に浮上しました。ほとんど無名に近い産地ながら、目を見張る健闘を見せました。
前回の審査では品質管理の面で問題があったのですが、生産者の努力で改善されて2022年度は、本来の実力に相応しい結果が出たと言えるでしょう。
概評にも書きましたが、上のアイコンの写真をご覧になっておわかりのように、八尾在来の畑のソバは、驚くほど、赤すねの状態です。ここから、あのおいしいそばが生まれてくるとは信じられないほどです。
しかし八尾在来は粒張りの良い、非常に小粒な実で、香りも味も強いそばです。
製粉して、打って食べた印象では、優しい在来種という感じです。軟質で、十割そばに適したそばだと言えます。もちろん二八でもおいしいのですが、硬質な印象の麺を望むなら、他の産地のそばを選ぶのが良いでしょう。八尾在来の個性を理解し、ちゃんと生かすことができたなら、上品でなおかつ風味に富んだ、素晴らしいそばを仕上げることができます。
化学肥料や農薬を使わない栽培方法と、人間の体にやさしい作物作りを大切にする産地のコンセプトも八尾在来の魅力です。
第3位
茨城県/常陸秋そば
そばの世界では一流ブランドとして名の通った常陸(ひたち)秋そばですが、今回の審査でも評判にたがわない安定した実力を見せてくれました。
良質のでんぷん質が、このそばの持ち味で、それを生かした麺作りに向いています。在来種のような強い主張がないからこそ、使い方しだいで様々な表情を引き出すことができます。そういう点が多くのそば職人に選ばれる理由でしょう。汎用性が高いという言い方もできます。
風味の強い在来種のそばに混じって、高い順位につけていますが、在来種のそばとは別の魅力で上位に選ばれているということができます。
第4位
島根県/三瓶在来(さんべざいらい)
改良品種が日本中のそば畑を席巻する中で、少数の生産者に細々と栽培され続ける在来種のそばは、やはり相応の魅力を備えているものです。三瓶在来が良い例で、力強い独特の麺に仕上がるそばなのに、生産量が少なく、なかなか手に入りません。また、手に入れることができても、こうした個性の強いそばを使いこなすのは簡単ではありません。
島根県の郷土そばは、短くぶつぶつ切れるドジョウそばが本来の姿ですが、それはこの地域一帯の、土の状態、そばの性質からくる現象です。非常に小粒で強い風味を持つこのそばを、製粉して、打ち、食べてみると、西日本の在来種とはどういう傾向を持つものかが、はっきりとわかります。
第5位
山形県/でわかおり
今回、審査会で注目を集めたそばの一つが、この「でわかおり」です。審査会で試食したそばは、在来種に負けないほどの、しっかりしたおいしさがありました。しかし、再度、入手した材料からは、それほどのおいしさが感じられないなど、不安定な要素もありました。
また製粉方法や打ち方の違いにより、味の出方は大きく変わり、扱いの難しいそばではありました。審査員の目を見張らせた、あのおいしさを安定して維持することができたなら、さらに上位にランクされる可能性のあるそばだと思います。
概評にも書きましたが、上のアイコンの赤すねのそばが、畑にある状態の「でわかおり」です。
第6位
長崎県/対馬在来(つしまざいらい)
対馬も今回初めてランクインしたそば産地です。対馬は、韓国と九州の中間に位置する島で、日本に伝播した農作物の約2割は対馬を経由したとされる、作物や文化の中継地点です。概評で触れた氏原暉男先生は、昭和48年に対馬に渡り、栽培されているソバについて調査しました。収集した資料に、秋型、夏型の生態系分化についての考察も重ね、ソバはその昔、大陸から朝鮮半島を経由して対馬に渡り、日本に伝播したものであるとの結論に達しました。対馬のソバは日本のソバの最も古い型だということができるのです。
植物体の形を見ても、このソバが原種の特性を明確に受け継いでいることがわかります。食べてみてもやはり、在来種として際立った個性を持っていることを感じます。
海に囲まれた離れ島で、長い長い年月を生きてきた対馬のそばは、日本そばの原点につながる貴重なそばなのです。
第7位
福島県/会津在来
日本の在来種は、北の産地に行くほどに、個性が穏やかになっていく気がします。これも対馬在来の解説文の中でも触れた、栽培生態系が関係しているのだと思います。
会津在来は、在来種としては癖が少なく、食べやすいそばです。福島県下郷町・大内宿の郷土そばである「高遠そば」は、ネギ一本をそのまま箸代わりにして食べることで知られていますが、大根おろしなどと一緒にツルツルと食べるには、会津在来は打ってつけのそばです。
第8位
長野県/信州大そば
今回、長野県の御代田町で栽培されている4倍体の「信州大そば」を試食しました。甘味も豊かに感じられ、食感もしっかりしていて、一緒に試食した他のそばと遜色ない、おいしいそばでした。
名人として知られるそば職人の中には、他の品種を主力に使っても、打つ際に、信州大そばを一定量ブレンドするなど、独自の使い方をする人がいます。このそばの特性を理解して、長所を生かす使い方なのですが、さまざまな利用の仕方が可能な、魅力的なそばだと言えるでしょう。
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【全国、そば収穫量】
「おいしいそば産地大賞」は、日本国内で生産されたそばの食味を、日本蕎麦保存会が実食して評価。最も食味が優れたそば産地を大賞と認定する賞です。
そばは、収穫後の処理の仕方や、保存の状態、さらには製粉、そばの打ち方によっても大きく味が変わるものなので、審査に当たっては、すべての対象のそばの味を、十分に引き出せるよう、細心の注意を払って作業しています。
国内で生産、収穫されるそばの量は、その年の天候などの影響を受けて、毎年、変化します。
令和2年度、全国のそばの収穫量は4万4,800トンで、前年より、2,200トン、5%の増加を見ました。
作付面積は、前年より2%の増加なので、収穫量5%の増加は、つまり10アールあたりの収量が、より大きく伸びたということになります。
令和2年度、全国のそば産地の生産量は、北海道が最も多く、19,300トン。国内総生産量の43%を占めます。続いて長野、3960トン。栃木、茨城、山形がそれに続きます。
毎年の生産量の推移は、天候ばかりでなく、他の農作物からの転作の影響も大きく、社会的な情勢がそばの生産量にも影響を及ぼしています。
戦争や、コロナなど病気の蔓延、世界的な異常気象などの影響も大きく、今後、そうした要素が、そばの消費や生産、輸入量に、影響を与えて行くものと思われます。
以下に、平成28年から令和2年にかけての輸入量の推移や、輸入国の状況を紹介します。
出典:農林水産省Webサイト(https://www.maff.go.jp/j/tokei/kekka_gaiyou/sakumotu/sakkyou_kome/kougei/r2/soba/index.html)の記事をもとに、日本蕎麦保存会が作成しました。