石川県のおいしいそば屋

石川県津幡町.以前,この町に蕎麦の名店を求めて訪問したことがある1).隣接する金沢市のような華やかさはないものの,どこか寂静感が漂う趣ある町並みに『いかにも蕎麦の似合う町』との印象を覚えたものであるが,実は本当に蕎麦の町であったことを後日知った折にはまことに驚いたものである(同時に調べの足りなさに落胆もした).

町にはご当地蕎麦の普及会が存在し,その蕎麦を頂けるお店が何軒かあり,贈答用に買い求めることもできるのだという.勘は当たっていたのだ.自惚れるつもりはないが,我ながら大した嗅覚である.

筆者は基本的に蕎麦を食べない日が存在しない.通常の蕎麦屋さんでの食事は当然として,カップ蕎麦から変わり蕎麦まで「蕎麦粉」を含有する蕎麦という蕎麦を食べ続けて生きているのである.そうした延々と蕎麦を手繰る生活を送っているとどうやら蕎麦の気配を読めるようになるらしい.何しろ9割方は蕎麦でできていると言っても過言ではない身体だ.ある意味,私自身が9割蕎麦かもしれない.そうであれば蕎麦はもう同類だ.類は友を呼ぶ.互いに惹かれ合う定めなのだろう.

さて,件のご当地蕎麦の話に戻ろう.その名は「倶利迦羅(くりから)そば」.倶利迦羅そば普及会が40年間に渡り変わらぬ味を守り続けているものである.名の由来は倶利伽羅の地名だろうか,倶利迦羅不動尊にちなむという.

倶利伽羅の地名と言えば,木曽義仲の「火牛の計」の伝説で知られる倶利伽羅峠の戦い(1183年)がまず思い出される.町のWebサイトによると津幡町は大河ドラマの誘致を推進するべく,町のゆるキャラに木曽義仲と巴御前をモデルにしたものを採用しているのだという3).蕎麦処信州ゆかりの,それも猛将と女武者のカップルを推す町のご当地蕎麦4).まさに蕎麦が結んだ縁である.本来ならば町に赴いてその風情とともに味わいたいところである.

2020020813035801

倶利迦羅そばは倶利迦羅そば普及会が経営する「ドライブイン風車」,倶利迦羅不動寺山頂堂境内の食堂「風車」,西之坊鳳凰殿境内の食堂,道の駅 倶利伽羅 源平の郷の「源平茶屋」で頂けるとのこと.しかし世は未曾有の事態である.

ここはStay Homeでご賞味するべく,普及会にパンプレットを送って頂き,郵便局から発注.届いた封筒に躍るキャッチフレーズが微笑ましい.『美味しいそばは忘れた頃に欲しくなる』.謙遜しすぎでしょう,宣伝にならないですよ.美味しい蕎麦なら忘れないし,毎日だってほしくなるものです.マジで毎日食べている人が言うのだから間違いありません.基本的に謙虚なんだな,この町の人って.

届いた商品を確認すると見事な緑色の乾麺である5).倶利迦羅そばは山ごぼう葉の乾燥繊維を練り込んだ抹茶乾麺とのことで何とも興味深い特色を有している.通常の二八や十割の蕎麦のみならず,更科や変わり蕎麦を愛する筆者としては心躍る個性派である.

いざ,自身で調理.セイロに盛り,しばし見つめる.『美しい.ただひとえに美しい』.艶やかな淡い緑色のお御肌は見まごうことなく美人蕎麦のそれである.何かずっと見ていたい・・刹那の放心.いや,伸ばしてしまっては礼を欠く.

2020052813444301

さあ,頂こう.『・・ズズ・・ズズ・・ズズッ』.このタイプの蕎麦はなるべく上品にすすることにしている.いつぞやの更科のように6).しなやかなのど越し,そしてしっかりとしたコシ.食してみて初めてわかる.この蕎麦はただ美しいだけではない.揺るがぬ思いを内に秘めたような強い蕎麦でもあるのだ.美しさと強さの同居.抜き身の刀ような身震いを誘うその魅力はまさに女武者・巴御前を彷彿とさせる蕎麦と言えよう.そう,倶利迦羅そばは「巴御前そば」なのだ(あくまで個人的感想です).歴史を彩る郷土の蕎麦としてはこの上ないマッチングである.

添付のストレートつゆも筆者好みの甘口でしっかり絡めて頂く感じが心地いい.上品さを装いながらも闇夜を貫く火牛のごとき勢いで完食する.その味わいの余韻に思わずもう一人前いきたくなる衝動が込み上げるも,「Stay Home太り」なる呪文が脳内のどこかから発動し,残った乾麺は食糧庫(ほとんど蕎麦保管庫)に封印されるに至る.うん,Stay Home状態で一度に2人前も食べるのはよそう.

食べ終えて(そして封印を終えて),我に返る.Stay Homeでの食事もいいが本当は現地に赴きたい.お店に足を運びたい.最後の食事はお蕎麦屋さんと決めている.美食探偵・明智五郎のセリフを借りるなら『最後の晩餐』は筆者にとって蕎麦以外はありえない7)

連日のように人の生死にかかる報道を聞いていると死生観も変わってくるというもの.いかに死ぬかはいかに生きるかに通じる.そう「死」は「生」の反対ではない.必ず迎える「死」を含めてその一連の過程が「生」なのだ.そうとなればもう蕎麦とともに乗り切るしかない.蕎麦の花の花言葉「あなたを救う」.あなた(蕎麦)はいつも私を救ってくれた.これまでも,きっとこれからも・・.たとえ世界が変わっても,あなたへの思いは変わらない.こんな時だからこそ気づける「思い」もある,そう悟った筆者であった.

(レポート提出/葉乃井)

1) 蕎麦 森乃庵(津幡町字津幡二536-1).津幡駅の写真はこの訪問時に収めたものである.

2) 倶利伽羅の地名は「伽」,倶利迦羅そばと倶利迦羅不動寺は「迦」.

3) 津幡町のオフィシャルサイト(http://www.town.tsubata.ishikawa.jp/)によると「よしなかくん」と「ともえちゃん」.結構そのままのネーミングです.火牛の「カーくん」と「モーちゃん」もいるとのこと.実現したらおもしろい.応援してます.

4) もしも「倶利迦羅うどん」だったら,気配を感じ取れなかったに違いない.

5) 倶利伽羅山の緑をイメージして抹茶乾麺に仕立てたとのこと.

6) 手打そば 一期一会(群馬県高崎市吉井町池2062-1).更科のほか,二八,茶そば,ゆずきり,田舎の5種の蕎麦が楽しめる.

7) 明智五郎を演じる俳優の中村倫也さんは身体の7割が蕎麦でできていると豪語する程の蕎麦好き.頼もしい人だ.しかし,『7割』か(微笑).

参考文献,

新島 繁 (2011).蕎麦の事典,講談社学術文庫

髙澤裕一ほか (2015).石川県の歴史(県史17) 第2版,山川出版社.

参考Web

倶利迦羅不動寺公式サイト http://www.kurikara.or.jp/

津幡町オフィシャルサイト http://www.town.tsubata.ishikawa.jp/

【お店情報】

お蕎麦屋さんではないので,略式でご紹介いたします.営業時間等の詳細はお問い合わせください.

ドライブイン風車

〒929-0426 石川県河北郡津幡町字竹橋ヨ105

電話:076-288-1803

 

倶利迦羅不動寺 山頂堂境内の食堂「風車」

〒929-0413 石川県河北郡津幡町倶利伽羅リ-2

電話:076-288-1803(お問い合わせ専用)

ドライブイン風車の姉妹店で倶利迦羅そば発祥の地.

 

倶利迦羅不動寺 西之坊鳳凰殿境内の食堂

〒929-0426 石川県河北郡津幡町字竹橋ク128

電話:076-288-1828

 

道の駅 倶利伽羅源平の郷の「源平茶屋」

〒929-0426 石川県河北郡津幡字竹橋西270

電話:076-288-1107

日本蕎麦保存会
「福井そば博2023」11月18日(土)、19日(日)に開催! そばの食文化が福井に集結!!

福井そば博2023 -日本一の「福井そば」を知る博覧会- おかげさまで、福井そば博2023、たくさん …

どんごろやす
蕎麦 降松(くだまつ) (山口県下松市) 小山の中にある古民家改装の蕎麦屋

下松市東部の山あいにある、古民家を改装した今年ちょうど開業十年になる蕎麦屋さんです。国道2号線やJR …

のほほんと。
蕎麦割烹 黒帯(愛知県名古屋市) 十割そばと二八蕎麦の食べ比べ

ラストオーダー30分前の13:30頃に店舗に到着。店内は満席で、前に3組のお客様が待っている状態でし …