生そば かわぐち(群馬県高崎市)街のお蕎麦屋さんで頂く!一杯のかけ蕎麦

群馬県のおいしいそば屋

「一杯のかけそば」1).一昔前,そんな人情噺が流行した.蕎麦屋と家族とをつなぐ心温まる物語・・.家族で憩う蕎麦屋を愛する筆者としてもわるい話ではないとは思う.ただ,この物語の罪深いところは「かけ蕎麦」にどことなく貧しい食事のイメージを残してしまったことではないだろうか.実際,個人店でもチェーン店でも,あるいは立ち食い蕎麦でも「かけ蕎麦」は一番安価な品であることが多い.「もり蕎麦」と同価格で提供される個人店が多いが,いわゆる「そば通」がもてはやすそれと違い,注文客が少ないのか「かけ蕎麦」はお品書きにさえない場合もある.かけ蕎麦は決して貧しい食事ではない.蕎麦とつゆとの調和を楽しむ珠玉の蕎麦メニューなのである.この辺りの事情は「サライ」1月号に掲載された片山虎之介氏による特集記事『ごまかしが利かない至高の一杯「かけ蕎麦」を究める』2)に詳しい.同書にはかけ蕎麦がもり蕎麦とは違う意味で蕎麦屋の品の基本であることが紹介されている.そう,かけ蕎麦もまた,蕎麦メニューの基本形なのである.そんなかけ蕎麦を求めて,筆者が訪れる一軒が高崎市内にある.

JR信越本線北高崎駅を下車して国道17号線へと抜ける県道29号線の通りを線路沿いに500m強歩くと左側にあるお蕎麦屋さん.いかにも『街のお蕎麦屋さん』といった感じのとても親しみのある佇まいにはいつもホッとする印象を覚える.筆者にとって仕事終わりの一杯の蕎麦は格別の食事(夕蕎麦)である.何かと忙しない普段は利用駅の立ち食い蕎麦で済ませることが多いが,この日は一駅先の当店まで足を延ばした次第である.もちろん,立ち食い蕎麦のかけ蕎麦も愛してやまない.暑い夏には冷かけ蕎麦やぶっかけ蕎麦なんかもいい.滋養アップの目的で冷しおろし月見蕎麦3)・・なんて変わり種な趣向を楽しむこともあるが,やはり基本はシンプルなかけ蕎麦.師走の寒空の下,温かい食事というだけでご馳走ではないだろうか.

暖簾をくぐり,少し控えめな声色で『こんばんは・・』と挨拶の言葉をかけながら夜の部の一番客で店内にお邪魔する.『いらっしゃいませ』と落ち着いた物腰でのお茶の配膳に合わせて颯爽と注文する.『かけそばをお願いします』と.注文後,店内を見渡す.歴史を感じさせる作りながらも清潔感にあふれ,どことなく親戚の家にお邪魔したかのような錯覚におちいる.それほど自然になじめる雰囲気なのだ.改めて,お品書きを見るとここも豊富な品ぞろえ.基本のもり・かけのほか,玉子とじ,とり(かしわ南蛮),カレー南蛮,月見,山菜,親子などなど定番の品名が並ぶ.中にはみそ煮込みそば(みそけんちん風の蕎麦)なる個性派も.もちろん,親子丼や天丼といった丼物も健在である.豊富な品書きに思いを巡らせながら待つこと数分,『お待ち遠さま,かけそばです』の声かけとともにご指名のかけ蕎麦の登場である.

蕎麦とつゆ,まさにそれだけの世界が丼の中に広がる.お店によってはかけ蕎麦でも青みや蒲鉾などがトッピングされていることもあるが,かわぐちさんのものは違うのだ.蕎麦とつゆの二人だけの世界に水を差すようなことはない.粋である.わかっていらっしゃるのだ.その心配りは何もかけ蕎麦だけに限ったことではない.きっちり油抜きしたやさしい甘みのお揚げと長葱が共演するきつね蕎麦,つゆに敷かれた海苔に鶏卵が鎮座する月見蕎麦,あでやかに咲いた華のようなかき玉蕎麦・・と,とにかくビジュアルの完成度が高いのだ.蒲鉾やなるとの出演も見た目をにぎわせてくれるが,一つ一つの種物のテーマを究めるのもまた粋と言えよう.

そのこだわりに正面から応えるべく,いざ実食.茶褐色のつゆの大海から蕎麦を手繰る.色の白い細打ちの蕎麦はのど越しがよく,かえしの味わいをほどよくまとって胃袋へと収まっていく.具が何もないゆえに蕎麦とつゆとのマリアージュがこれ以上なくダイレクトに感じられるのだ.これこそがかけ蕎麦の極意であろう.蕎麦が好きで醤油の味わいが好きな関東人であれば,『何をか言わんや』のテイストである.中途まで食したところで薬味の白葱を少しつまむ.薬味の味わい方はそれぞれだろうが,ここのかけ蕎麦は薬味を一度にすべて投入してしまうよりも,もり蕎麦に山葵を乗せるがごとく,少しずつ加える方が筆者としては好みだ.その方がつゆの個性に寄りそえる.最初から最後まで同じ味わいでも飽きることは決してないが,せっかく提供頂いている薬味の葱.無駄に散らしては蕎麦食い道にもとるというもの.きれいに残さず完食である.

空ろになった丼をお盆に戻して,一息つく.某CMではないが,気分はもう『やっぱり,かけ蕎麦だな』である4).まだ誰もいない店内.かけ蕎麦を食す時は基本,(家族を除けば)一人と決めている.理解のない人と共に訪れると説明が手間だからである.『それだけで足りるの?』,『栄養なくない?』,『見た目がさみしい・・』5)・・.これまで何度聞いただろうか.足りなければ大盛で,栄養ならば別途で,見た目なんてものは個人の好みで,それぞれ説明がつくはずである.『好きなものだけをただひとえに楽しむ』.それを体現した蕎麦が一つにはかけ蕎麦と言えるだろう(もり蕎麦もそうである).世間にはまだかけ蕎麦を誤解している人が多くいる,かけ蕎麦に理解のない人も・・でも,わかる人にはわかるのだ.その孤高さもまたかけ蕎麦の一つの魅力なのだと.『・・やはりかけ蕎麦は特別だ』そんな思いを胸に勘定を済ませ,店を後にするのだった.

  1. 栗良平氏による童話.1989年に話題になり,1992年には映画化される.
  2. 小学館発行(2018).「サライ」2019年1月号 特集記事,77-93.
  3. 冷しぶっかけスタイルのおろし蕎麦に生卵をトッピングしたもの.
  4. 松田龍平氏が出演しているJR東日本 Suicaのコマーシャルでのセリフ.
  5. うがった見方ではあるが,いずれのつっこみもご当人様の大変旺盛な食欲の投影である場合が多い.何より,(蕎麦粉の割合にもよるが)蕎麦はそれ自体に栄養もある.

参考文献

福原 耕 (2017).蕎麦の旅人 なぜ,日本人は「そば」が好きなのか,文芸社.

新島 繁 (2011).蕎麦の事典,講談社学術文庫

(レポート提出/葉乃井)

【店名】生そば かわぐち

【読み】きそば かわぐち

【電話番号】027-361-5454

【住所】群馬県高崎市並榎町91-7

【アクセス】JR信越線北高崎駅から500m強,徒歩6-7分

【営業時間】11:00~14:30(昼の部),17:00~19:00(夜の部)

【定休日】火曜定休

【ひとり分の平均的な予算】~1000円

【予約】不可

【クレジットカード】不可

【個室】無

【席数】34席(テーブル20席,お座敷14席)

【駐車場】有(7台)

【煙草】土日・祝日全面禁煙

【アルコール】有(瓶ビール)

【店のホームページ】無

【地図にリンク】https://goo.gl/maps/Nz7xaBfHpdR2

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