本家田毎(京都府京都市)古都の老舗で味わうあんかけ蕎麦
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蕎麦といえば「もり」.このように考える蕎麦好きは多いことだろう.香り立つ上等な蕎 麦を辛めのつゆにちょっと浸して一気にすする,この上ない蕎麦の味わい方である.しかし, それがすべてであろうか.いや,そんなことはない.温かい汁蕎麦もまた,正統な蕎麦の食 し方である.中でも「かけ」は特別である.
日本蕎麦保存会 jp の Web1)にある片山虎之介氏による特筆記事『「かけそば」と「もりそ ば」はどちらがおいしい?江戸そばの名店「並木藪蕎麦」』でも紹介されているように秒単 位で変化するその味わいに安定性を持たせることができるのは職人の腕に他ならない.ま た,「かけ」はつゆ(甘汁)に浸して頂くものである.蕎麦本来の風味を味わうための「もり」 とは異なり,「かけ」はつゆとの調和を味わうものなのである.そう「かけ」においては蕎 麦だけでなく,同時につゆも主役なのである.蕎麦を味わうためのつゆ,つゆを味わうため の蕎麦,そのループが「かけ」の極意と言えるのではないだろうか 2).
そんな「かけ」を一枚上回るのが「あんかけ」,それも京都の「あんかけ」である.関東 にも同名のお品書きはあるが,多くのお店で提供される品のほとんどは「五目あんかけ」3) であり,京都のそれとはかなり趣向の異なるものである.京都の「あんかけ」の最たる特徴, それは具が何も入らないというシンプルさである.そんな「あんかけ」の名店が京都市中京 区の三条名店街にある.にぎやかなアーケード街にも関わらず,明治元年創業というその店 構えは落ち着いた和のテイストを醸し出しており,店名の由来であるという安藤広重の浮 世絵「更科田毎の月」の情景を彷彿とさせる佇まいである.開店と同時にお邪魔する店内は 整然と片づけが行き届いており,その静寂さにはどこか寺院にも通じるような神々しい気 配が感じられる.
はんなりとした案内のもと着席してお茶が運ばれてくるのを待つ.お茶の配膳と同時に 注文する.『あんかけそばをお願いします』.お品書きにさえない注文にも流暢な確認が返っ てくる.『シンプルなものですか?たぬきではなくて(ホントは京都弁)』.事情を知らない関 東人が聞いたならば『?』という疑問符が頭に浮かぶやり取りだろう.そう京都の「あんか け」系にはいくつかの種類があるのだ.刻んだ油揚げと九条葱の入った「たぬき」,関東の かき玉に相当する「けいらん」,五目の入った「のっぺい」である.
関東の天かすが入った たぬきとの違いが珍しいためか,京風たぬきとも称される油揚げと九条葱のあんかけが人気のようであるが,そもそも「かけ」を愛する人間に具は不要.間違いなくシンプルなあん かけであることを念押しして注文を終える.
注文の後の待ち遠しくも心地よい一時に他の お品書きを観覧する.名物は海苔を水田に見立てて蕎麦に敷き,そこに映る月の姿をホタテ で表現した「田毎そば」,京風あんかけに海老と明太子が入った「えび太子そば」とのこと. その他にも定番の親子丼や天丼,京都ならではの衣笠丼(油揚げの玉子とじ丼)など丼物も充 実している.
決して注文しないのに丼物があるとうれしいのはなぜだろうかと自問してい るうちに待望のあんかけ蕎麦が到着する.1 年ぶりに再会するその姿は以前にも増して眩し く見える.黒光りする関東風,淡く光り立つ関西風のいずれとも違い京都のかけ汁は琥珀色. 上品かつ繊細な合わせ出汁 4)が再会の興奮をあおるかのように香る.
七夕の夜の彦星の心境 はこんな感じだろうかとあらぬ空想に思いをはせながらも箸を取り,いざ実食.とろりとし たつゆの底から蕎麦を引き出すように手繰ると色の白い更科よりの蕎麦が顔を出す.京都 の蕎麦というとやや柔らかいとの記憶があったが,ここの蕎麦はその限りではない.汁蕎麦 であるがゆえに「もり」のようにはいかないが蕎麦らしい食感が保たれているのだ.それも そのはず,先代ご当主は東京の「かんだやぶそば」の旨さにカルチャーショックを起こして 修業したのだという 5).
また,同時に口の中に広がるのが出汁味豊かなかけ汁の味.葛粉で とろみのついた「あんかけ」ゆえに「かけ」以上に蕎麦にからむから当然である.蕎麦が更 科よりであることも納得である.蕎麦の風味がマイルドだからこそ出汁味の効いたつゆが 活き,また,やさしい出汁味のつゆだからこそ蕎麦の風味も活きるのだ.まさに『蕎麦を味 わうためのつゆ,つゆを味わうための蕎麦』のループである.
中途まで食べたところで唯一 の薬味であるおろし生姜を混ぜるとまた味わいに化学変化が生じる.かえしが強い関東風 のものとは異なり,出汁味豊かな京風にはきりっとしたおろし生姜が絶妙に合うのである. 再会の興奮も冷めやまぬうちに完食.中年のお腹事情を無視すれば,気持ちの上では『おか わりください』と追加注文したいところであるが,ぐっとこらえて席を後にする.
改めて店 内を一望すると後から来店したお客さんが散見される.12 時前の早い時間帯であるため, お一人での来店客が多い.それぞれに思い思いのお品があるのだろうかと想像を膨らませ ながら,レジへと向かう.会計を済ませ,少しの間だけお店の人と会話をする.毎年伝える のはこの一言『このあんかけ蕎麦を食べるために関東から来ました』.もちろん,『おいしか ったです』の言伝を忘れることはない.
お店の外に出て,再びふり返って一目する.100 点とか 200 点とか安易な得点化に意味は ないなと改めて感じる.大切なのはそのお店に,そこで提供される料理に思いがあること. 多くの人の思いが集まればそれが何よりもの評価であるということ.そう私の思う蕎麦は 少なくともここに一つあるのだ.『また,会いに来るよ』と心でつぶやき,お店を後にした.
注
1) 日本蕎麦保存協会 jp の Web サイト (https://nihon-soba.jp/)
2) 関西では醤油や塩などで調味済みのものを出汁という.つまり,甘汁と同義で使われるので関西風に表現すれば『蕎麦を味わうための出汁,出汁を味わうための蕎麦』になる.
3) 五目あんかけ:具はお店によって相違があるが,椎茸,筍,蒲鉾,麩,玉子焼き,青みなどが多い.おかめ蕎麦のかけ汁に片栗粉や葛粉でとろみをつけたものとも言える.
4) 京都新聞出版センター(編) (2006).京都蕎麦スタイル 57,京都新聞出版センター,Pp.24-25,
本節,鯖,メジカ,ウルメ,利尻昆布
5) 前掲書,先代当主(五代目)の堀部勝也氏.現在は六代目の堀部和宏氏が当主を務める.
参考文献
新島 繁 (2011).蕎麦の事典,講談社学術文庫
(レポート提出/葉乃井)
【店名】本家田毎 (三条寺町本店)
【読み】ほんけ たごと
【電話番号】075-221-3030
【住所】京都府京都市中京区三条通寺町東入ル石橋町 12
【アクセス】京都市営地下鉄東西線 京都市役所前駅から徒歩 4 分 【営業時間】11:00~21:00
【定休日】年中無休
【ひとり分の平均的な予算】昼 1000 円~2000 円
【予約】可
【クレジットカード】可 (国内すべてのカード)
【個室】有 (2 階席:2018 年現在 未解放)
【席数】76 席 (1 階テーブル 42 席,堀ごたつ席 34 席) 【駐車場】無
【煙草】完全禁煙
【アルコール】有 (純米酒「本家田毎」ほか,京都の地酒有り)
【店のホームページ】https://tagoto.com/
【地図にリンク】 https://goo.gl/maps/o2EWCnxVfGQ2