関東地方のおいしいそば屋

名店に数えるそば屋の条件として、そば自体が美味しいことが一番なのは当然でしょう。しかし、食べると楽しくなる、うれしくなるメニューがある店や、コストパフォーマンスに優れているお店も、そのメニューや安さが人気を博し、名店と呼ばれることがあります。今回紹介する「神楽坂 翁庵」は、まさに後者の名店だと思います。

そのお店を見つけたのは、昨年の夏、正に“名店”と呼ばれるお店の一つ、神楽坂の「蕎楽亭」に向かう途中のことでした。(ここにもそば屋があるんだ…、いずれ寄ってみるか)そんな感じでした。その時気になっていたのが「名物かつそば」の文字です。

あれから半年が過ぎ、ようやくこのお店を訪れることができました。外堀通りを渡り神楽坂通に入るとすぐ左側に「神楽坂 翁庵」はあります。今年の年初に一度訪れており、今回は2度目になります。通りから奥まったスペース。右にはビルの2階へと昇り階段、左にはお店のショーウインド、そして正面に店の入口があります。

「きそば」と染め抜かれた藍色の暖簾がかかったガラス戸を開けると、中はかなり広いことがわかります。通路が奥まで続きその先に調理場が見えます。通路の左側にはテーブルが1列6卓、左側は小上がりになっていて卓袱台が1列6卓と、整然かつすっきりとしたレイアウトで落ち着きます。テーブル席には四角い傘の照明がぶら下がり、小上がり側は天井に四角く照明が埋め込まれています。そして小上がり側には大小2つの水槽が置かれていて金魚が泳いでいます。

頭上にはテレビが設置され、いかにも“昭和のそば屋”という感じがビシビシ伝わってくるので、お店の人に聞くと、なんと明治17年創業とのこと。
1月に訪れたときは、近くの常連サラリーマンらしき人たちが目立ちワイワイとにぎやかでしたが、今回は12時前だったこともあり、一人客が多く静かでした。

この店の“売り”は何と言っても「かつそば」です。でも、後から来たお客さんの注文を聞くと、「おかめそば」「カレー南蛮」「開化丼」「かつ丼」とバリエーションに富んでいて、他のメニューもなかなか人気のようです。ランチ時には生たまごのサービスがあるし、どのメニューも値段が手ごろなのもうれしいポイントでしょう。

さて、今回ももちろん、翁庵名物の「かつそば」を頼みました。しかーし、前回の温かいかつそばではなく、“冷やし”です。1月に「かつそば」(温)を食べてそのうまさ・楽しさを経験して以来、再訪したらまたそれにしようと思っていたのです。しかしその時、先月入手した『たべもの芳名録』(神吉拓郎著/ちくま文庫)という本の中に、当店・翁庵が載っており、「カツソバは冷やしにかぎる」という一文があったのを思い出したのです。こりぁぜひ食してみねばなるまい‥‥。メニューには“冷やし”もできると書いてあります。

数分で運ばれてきた「かつそば」の“冷やし”。冷たいかけそばの上に、大きなかつがデデンと置かれているのですが、私のはとんかつが小さかったのか、そばを丼の幅に覆い隠すことがさも重要かのように、もう一切れプラスされていました。茹でた小松菜が彩りを加えています。

蕎麦鑑定士としては、まず、とんかつの尻に敷かれて耐えているような、そばから参りましょう。やや細めの麺を数本手繰って啜ります。そばの香りが立つことはありませんでしたが、麺のコシはしっかりとしていて歯ごたえ上々です。これは二八そばでしょうか。歯切れ感は間違いなくそばのもので、噛むとそばの味が感じられます。そして、もうひと箸啜ってみると、長めの麺はいい音を立ててのどを流れていきます。その喉ごしもまた良し。

つゆは温そばを食べた時より、さらに甘く感じました。出汁の香りも気づかない程度のもので、単なる冷やしぶっかけそばと見れば、さほど特徴のない平凡なものです。しかし、これは「かつそば」なのです。かつとそばの相性が一番のポイントです。

冷めてはいましたが、サクサクの衣に身をまとったやや薄目(5mm程度の肉)のとんかつを一口放り込んで、おもむろにそばを啜ります。甘く濃い目のつゆがかつとそばの仲を取り持ち、二つは口の中で一つになってワルツを踊り始めます。これは旨い! 楽しい! なるほど、“名物”の理由がこの一口で理解出来るようでした。

とんかつ屋と違ってラードを使わず、天ぷら同様、胡麻油+サラダ油の混合油を使用しているものと思われます。揚げ置きしているのも、手間の問題だけではなく、汁が脂っぽくならない為の配慮ではないかと思われます。そのせいか、最後まで胃がもたれることなく、あっさり感を保ったまま完食です。かつの衣は最後まで肉から離れず、ストレスなく食べられました。

付いてくる小鉢の奴豆腐は口直しに最高です。わさびをかつに乗せて食べる人も多いそうですが、私はつゆに溶かして、ツンと辛めのそばをかつに合わせました。

そば湯は、かつそば着膳の後すぐに用意されたので、ぬるくならないかと心配でしたが、陶器の急須に入れられていたので、食後でもアツアツ状態は保たれていました。そば湯を飲むために店の人にそば猪口をお願いしたところ、ちゃんとレンゲも付けて持ってきていただきました。ちょっとした気遣いがうれしいですね。そば湯は透明サラサラタイプでしたが、甘めのつゆとあわせると、ほんのりと蕎麦の香りが立ち上りました。

最後に前述の『たべもの芳名録』から一節。
「要は、やや冷たいかけソバの上に、包丁を入れた薄いカツが乗っているだけの話なんだが、カツとソバとツユの間に、実に微妙な調和があって、これがバカにならない。だいたい、その蕎麦屋は、ソバもツユも、ちゃんとしてるから、そんな冒険も出来るんだろうと思う」

これを読んで、逆に私は、「もり」や「かけ」を手繰りたくなったものです。

(レポート提出/木曽馬ジョージ)

【店名】神楽坂 翁庵

【読み(ひらがな)】かぐらざか おきなあん

【 店の電話番号 】03-3260-2715

【 住 所 】東京都新宿区神楽坂1丁目10

【 アクセス 】飯田橋駅B4a出口から1分、B3出口神楽坂通向かい正面

【 営業時間 】(月~金)11:00~22:30 (土・祝)11:00~20:30

【 定 休 日 】日曜日

【ひとり分の平均的な予算】昼   夜

【 予 約 】

【クレジットカード】不可

【 個 室 】なし

【 席 数 】テーブル24席+小上がり24席(+2階座敷14席)

【駐 車 場】なし

【 煙 草 】喫煙可

【アルコール】ビール、日本酒、焼酎など

【店のホームページ】http://syoutengai.info/okinaan/

【地図にリンク】https://goo.gl/maps/y9sq9FMKfazzniU46

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