蕎亭大黒屋 (東京都台東区浅草)  十割蕎麦の名店で蕎麦の多彩な表情を引き出すマイスターの芸術的な蕎麦と料理を味わい尽くす

関東地方のおいしいそば屋

浅草、浅草寺。境内には的屋が軒を連ね活気溢れる正月の賑わいを見せる。美しい着物姿で初詣を楽しむ人々の姿は、ひと時コロナ禍である事を忘れさせるほどの華やぎに満ちている。猿回しの猿が繰り広げる妙技に見入る人、モデルを引き連れての撮影会であろうか…立派なカメラと脚立を手にぞろぞろと歩き回る人、おみくじに一喜一憂する人々などこの日の浅草寺は今日この瞬間を存分に楽しもうとする人々でごった返している。
日も暮れかかりライトアップされた境内の光に照らされた本堂はキラキラと金色に輝き荘厳で息を呑む美しさである。
参道の土産物屋がシャッターを閉める頃には人々の波が飲み屋街に移動し、ホッピー片手にもつ煮をつつく男女の少し怪しげな浅草の夜の顔を見せてくれる。

言問通りを境に奥へ進むと曙湯が見えてくる。昭和24年創業の宮造りの建物が美しい地元住民に愛され続ける老舗銭湯である。あかりが灯され窓の隙間から零れ出る細い湯気と石鹼の香り、カランカランと微かに聞こえる桶の音が暗く静かな夜道にノスタルジックに鳴り響く。嗚呼もうそんな時間か…どうりでお腹が空く訳である。曙湯を脇目に更に奥へと進めば風情溢れる店構えの大黒屋さんに辿り着ける。


この日は予めお任せコースを予約しての来店。先に一組、常連と思しき夫婦連れの予約客が食事を始めている。今夜の予約はどうやら彼らと我々の二組だけのようである。ゆっくりと食事が出来そうな予感。期待感で胸が高鳴る。
古い木鉢や石臼、蕎麦湯桶や猪口など小さいながらも小ざっぱりとした店内には所狭しと拘りの道具や掛け軸が飾られている。人懐っこくて話好きな店主と笑顔が優しい息子さんの二人で切り盛りしているようであるが蕎麦と料理に懸ける思いはこちらにもビンビンと伝わってくるものがある。

この店では石臼挽き自家製粉の十割蕎麦やそばがきが絶品であると聞いたのでこれらが全て網羅されているお任せコースを選んだ訳であるが初っ端の「鴨すき鍋」のボリュームに先ずは驚かされる。恐らく前菜の様な位置付けであるのだろうがこれだけでお腹いっぱい…先行きが不安になる。続く香ばしい「そば焼き味噌」と炙った「たたみいわし」「焼き海苔」極細麺の茶蕎麦に鰻と蓮根を巻いた甘酢風味の「そば寿司」とどれもお酒が進むラインナップである。初めて食べたそば寿司はきっちりと巻かれ味のバランスも申し分無い。芸術的な美しさが技術の高さを物語る。

この時点で店主から「金町の畑で採れた小麦で作ったうどんです。良かったら食べて下さい」と饂飩には珍しく茶色い中太の歯応え十分な饂飩がサービスで提供され、メニュー表を見ながら「出汁巻きたまご」「季節の天麩羅」「そばがき汁粉」の控えを鑑みてもこのままではメインの「石臼挽き十割せいろ」に迄辿り着けないと何だか妙な焦りと不安が頭をもたげ…これまたメニュー表には載っていない店の看板であろうか本わさび醤油で頂く絶品「そばがき」が来た時点で「すみません、せいろを先に持って来て頂けませんか?お腹いっぱいでせいろ迄辿り着けなかったら悲しいので…」と直訴する。

奥から出てきた店主が「もうお腹いっぱいになっちゃった?まだまだ有るんだけどなぁ…でも分かった。先にせいろね」「有難うございます。次いでにこれから出る料理は少なめにお願いします。残すと申し訳ないので半分くらいで…今日はせいろを目指してやって来ましたのでこれだけは美味しく頂きたいのです」と半ば懇願するようにお願いすると「大丈夫だいじょうぶ!お姉さん若いから~」「いえいえもう限界に近いです…。ところで今日のせいろはどんなお蕎麦なんですか?こちらの十割は芸術品だって聞いたので」「蕎麦はね、十割で妙高と秋田ともう一つブレンドしたやつ。さっきのそばがきは妙高ね。2階の部屋で石臼で挽いてるの。8台電動で2台手動。ブレンドして最小限の加水で打ってます」顔を綻ばせながらキラキラと嬉しそうに語る店主。まるで自分の子供の話をするかのような愛情あふれる話し振りに否が応でも「せいろ」への期待感は増すばかりである。


程なくして運ばれて来た十割のせいろはまるで素麺のように極細でありながらも香り高く麺の中にはポツポツと黒い星も確認出来る。しっかりとコシがありながらつるっと喉越しも良く微かな苦みも感じられるこの蕎麦は食べる者の心をわし掴みにする魅力を持った逸品である。いまだに思い出してはどうすればあんな麺が打てるのだろうか?と不思議で仕方ない。芸術品と言うのも頷ける。つゆも中濃い口で細い麺によく絡みあっという間に食べ切ってしまう。先程の饂飩をこのせいろに変えて欲しかったなぁ…とは口が裂けても言えないのだが、それほどに美味しく記憶に残る蕎麦である。


季節の天麩羅はフキ、ゆり根、クワイ、舞茸、南瓜で薄い衣を纏った野菜はどれもサクッと軽く塩が合う。ほんのり甘い出汁巻きたまごも絶品であるがそれにも増してそばがき汁粉。これは感動ものである。もっちもちでつるっとした舌触りだが噛むほどに蕎麦の香りが立って非常に上品な甘さである。先程の野性味溢れるそばがきとはまた違った表情である。汁粉のこしあんも絶品で共に供される煎茶がこれまたとても美味しい。器もさることながら最後のお茶にまで気を遣うところは流石である。あんなにお腹いっぱいだった筈なのにすんなり胃に収まったという事は甘味は別腹という事か?


お任せコースは蕎麦以外一品一品の量がもの凄く多くて苦しくなるが、それも店主のサービス精神からくるもの。気持ちは素直に受け取り、次回は蕎麦以外の料理はそれぞれ半量で提供して頂けると有り難い。宮家とも親交が深い店主が話していた宮様が来られると必ずお出しするという蕎麦の実のおかゆ、是非とも食べてみたい一品である。
色々とご事情がおありのようであるが、この芸術的とも言える蕎麦を少しでも多くの人々に届けて頂けるよう末永く応援したいお勧めの店である。

(レポート 玄)

 

【 店の電話番号 】
03-3874-2986
【 住 所 】
東京都台東区浅草4丁目39-2
【 アクセス 】
電車 つくばエクスプレス浅草駅徒歩7分
東京メトロ銀座線浅草駅徒歩10分、田原町駅徒歩15分
バス 台東めぐりん浅草5下車徒歩2分、都営バス上46浅草4下車徒歩2分、台東北めぐりん浅草警察署前下車徒歩3分
【 営業時間 】
木,金、土の18:00~21:00(完全予約制、コース料理のみ)
【 定 休 日 】
月、火、水、日
【ひとり分の平均的な予算】
コース 5000円~10000円
単品 約1300円~3000円
【 予 約 】

【クレジットカード】

【 個 室 】

【 席 数 】
約20席(掘り炬燵6人掛けテーブルが2つ、4人掛けテーブルが2つ)
【駐 車 場】

【 煙 草 】
不可(全席禁煙)
【アルコール】
ビール、地酒
【店のホームページ】
蕎亭大黒屋.com

 

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