中央区のおいしいそば屋

更科そば.それはソバの実の中心部のでんぷん質のみを挽いた粉(更科粉)をベースに小麦粉等をつなぎに加えて打つ蕎麦である.透けるように白く,美しいその蕎麦はかつて将軍家や諸大名に献上されたことから「御膳(御前)そば」とも呼ばれ,実は知る人ぞ知る高級そばでもある.筆者は基本として蕎麦全般を愛しているが,取り分け,こよなく愛してやまないのがこの更科そばである.蕎麦の香りや味わいが控えめであるため,蕎麦好きの間でも好みが分かれる品でもあるが,どういう訳かこの蕎麦に惹かれてやまない魅力を感じ続けてきた.しかし最近,その理由にひょんなことから気がついてしまった出来事がある.それは十割そばと更科そばの食べ比べである1).十割そばは言うに及ばず,ガツンと来るような蕎麦の香りと味わいを有している.それはもう口に運ぶ前からわかるほどに.しかし,更科はそうはいかない.その繊細な風味を味覚と嗅覚を研ぎ澄ませて味わう必要がある.筆者が好きなのはまさにそこなのだ.ありありとした蕎麦の風味を楽しむのもいい.しかし,それ以上に蕎麦の風味を探るように,確かめるように,慈しむように味わうのが好きなのだ.真剣に,慎重に,それでいて優しく向き合うのが好きなのだ.そう,大切な人に寄り添うように.そんな筆者が是非とも訪問してみたいと思っていたのが東京都中央区にある更科そばの老舗「利久庵」さんである.こちらのお店の特徴はすべてのお品書きが更科そばであるということ.もちろん,更科のベストな味わい方は「せいろ」だとは思ってはいるものの,「すべてが更科」というところに何かこだわりというか親しみを感じてしまうのである.まさに筆者のためにあるお蕎麦屋さんである(←そんな訳あるか).利久庵さんの更科そばは更科粉(御膳粉)に小麦粉と卵を加えて打つ三七そば2).卵とは卵白を使うのだろうか.このこだわりの製法は店主の修業先で今はなき「地久庵」さんの伝統を引き継いだものらしい.

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11時の開店を待って一番客で訪問した.『こんにちは~』.『いらっしゃいませ~』の声かけの後,守備よく配膳されるお茶を前に颯爽と注文をする.『もりそばをお願いします』と.通常であれば『更科そばをお願いします』である.あの店でも,あの店でも,あの店でも,『更科そばをお願いします』である.時々,『御膳(御前)そばをお願いします』もありましたね.でも利久庵さんでは事情が違う.「ここはすべて更科」なのだ.ある意味,「もり」の名で更科そばを注文したのは初めてである.そんなことも貴重な体験.更科との大切な思い出.お茶をすすりつつ,お品書きを観覧.ざる,おろし,とろろ,鴨せいろ,かけ,花巻,玉子とじ,天そば・・うん,王道のラインアップですね.「もり(せいろ)」以外で更科を楽しむとしたら何だろうか.以前,更科を関西風のかけ汁で頂いた記憶がよみがえる.例えるなら,超上質なにゅう麺.更科はむしろ淡い味わいによく映える.そんな思い出に浸っているのもつかの間,『お待ちどおさま~』と「もりそば」という名の更科そばの登場である3).『ホント,白い,美しい!!』.筆者の撮影技術というか撮影機器がつたなくて被写体に申し訳ないほど(更科ちゃん,ごめんなさい(T_T)).更科好きの皆様,ぜひお店で確かめてください.まずは何もつけずにそのまま味わう.味覚と嗅覚に全身全霊を込めて・・!本当に上質な更科の味わいである.ほのかに甘く,それでいてコシのあるその麺線はこれまで頂いてきた更科の中でも群を抜いている.いやぁ~この多幸感たるやこの瞬間のために生きているのだと言っても過言ではあるまい.ついでつゆの味を確かめてみる.『うん,かえしがキリっとしながらも甘めで好み』.これならたっぷりつけても大丈夫な感じではあるが,更科自体の甘みも楽しみたいので,いわゆる“蕎麦通流”に4).『・・ズ・・ズ・・ズ・・』.更科そばは上品にやさしくすする.つゆをまとうとまた官能的な色香を放つ更科の味わいに一気に手繰りたい衝動が込み上げるも,ここは冷静に,いや脳内はほとんどお祭り騒ぎではあるものの,一部,案内所的に落ち着いて向き合うことに.薬味の葱と山葵はつゆには入れず,蕎麦にも乗せず,丼物のお新香のように頂きつつ,更科を手繰る.少食の筆者にとっては十分な量である.お箸を納め,蕎麦湯を味わう.つゆを割っても味わうが,その後に蕎麦湯のみを味わうのも筆者流.あらかじめ,微量に溶かしておくのか早い時間帯にも関らず,いい味わい.『ごちそうさまでした,おいしかったです』とお勘定を済ませて店を出る.

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『いやぁ,ホントいい更科だった』.事態が落ち着いている昨今,実は無理をしてでも蕎麦道中をしている中,最高の巡り合わせだったと改めて思う.いいお蕎麦に出会う度に思うのは「好きなものがある幸せ」.時に我を忘れて没頭できるものがある有り難さ.本当はこんな事態でなければもっと早くに出会えていたのだけれども,窮屈な時間を経たからこそ得られた感動もあるというもの.『よし,ここはまた来よう!東京に来た時は絶対に寄ろう.ってか,高崎に支店出してくれないかなぁ(←むちゃ言うな)』.脳内は相変わらずお祭りの続きのようである.すでに案内所の人も出払ってるかも・・.久々に楽しい妄想を脳内で展開させつつ,帰路に着く筆者であった.

(レポート 葉乃井)


1) 蕎麦食歴はすごく長いのに種類の違うものを同時に頂く経験は意外と少ない筆者.基本的には一対一で向き合いたいからです.
2) 御膳粉7割,小麦粉3割のお蕎麦でしょう.
3) つゆと薬味は先に登場しておりました.
4) 筆者はいわゆる“蕎麦通”ではありません.更科好きってだけで伝わるかもしれませんが・・.もちろん,二八も十割も田舎も変わりそばもかけそばも種物も何でも頂きます.強いて言えば,「天ぷら盛り合わせ付き」で頂くことはありません.それが葉乃井流.

【店名】利久庵
【読み】りきゅうあん
【電話番号】03-3241-4006
【住所】〒103-0022 東京都中央区日本橋室町1-12-16
【アクセス】地下鉄三越前駅A4出口から徒歩2分
【営業時間】11時~15時,17時~21時(月~金曜),11時~15時30分(土曜)
【定休日】日曜,祝日
【ひとり分の平均的な予算】1000円~2000円(1階)
【予約】地下1階と3階(御予約専用03-3241-5010)
【クレジットカード】可
【個室】有(3階)
【席数】全100席(地下1階~3階)
【駐車場】無
【煙草】分煙,ランチタイム禁煙
【アルコール】有(日本酒にこだわりがあるとのこと)
【店のホームページ】http://www.rikyu-an.com/

 

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