
おいしいそば産地大賞2024 / 日本蕎麦保存会
日本一おいしいそば産地を発表します
【概評】
片山虎之介 日本蕎麦保存会会長 (片山虎之介の公式HPへ)
昔から、おいしいそばを産する地域は「そば処 (どころ)」と呼ばれ、郷土そばが名物になってきました。代々受け継がれてきた伝統の食べ方が、その土地でとれたおいしいそばを、さらにおいしくさせるのです。各地に伝わる食文化の存在を視野に入れながら、「おいしいそば産地大賞2024」を選びました。
そもそも、全国にあるそば産地のそばは、なぜ、それぞれ味が異なるのかという理由は、以下のランキングの途中に記しましたので、そちらもご覧ください。
「おいしいそば産地大賞2024」は、27人の蕎麦鑑定士が、全国のそば産地のそばを実食して、採点、審査しています。下の写真は、2024年1月17日、21日、二日をかけて、東京、虎ノ門で行われた審査会の様子です。
【おいしいそば産地大賞2024】ランキングを発表します
【第8位】
八尾在来 (富山県)
北陸地方には、おいしいそばがあります。富山県の八尾は、おわら風の盆で知られた町ですが、ここに貴重な在来種、八尾在来が残されています。ソバの特徴としては、比較的軟質で、製粉すると細かくなりやすい特徴を持っています。風味も良く、他品種との交雑も進んでいないため、在来種特有のおいしさを楽しむことができます。
【第7位】
常陸秋そば (茨城県)
茨城県の有名ブランド、常陸秋そばは、茨城県の旧金砂郷町(かなさごうまち)(現在の常陸太田市(ひたちおおたし)で栽培されていた在来種をもとに育成された品種です。改良品種の中では際立って優れた食味を保ち、そば好きの方には安定した人気を維持しています。おいしさが確保されている理由の一つに、地元の方々が生産、管理体制を充実させていることが挙げられます。味、香りは、在来種ほどには強くありませんが、アクも少なく、食べやすいそばです。
【第6位】
南阿蘇在来 (熊本県)
九州には、まだ、あまり知られていない在来種のソバが残されています。南阿蘇在来も、そうしたソバの一つで、小粒で充実した実に、強い香りと味が詰まっています。南阿蘇在来は、今回、初めてノミネートされたソバで、審査員のほとんどが初めて食べたのですが、アクも少なく、味、香り、食感のバランスも良く、嫌味のない食味が好評でした。この産地の課題は、良質なこの在来種を、どのようにおいしく食べるかという食文化を充実させることだと思います。観光地としても魅力のある阿蘇地域にあって、大きな可能性を秘めたソバです。
【第5位】
対馬在来 (長崎県)
対馬在来は、ある意味で日本を代表するソバであるとの見方もできるほど、存在感のあるそばです。今からおよそ3000年前、縄文時代の晩期に、大陸からソバが我が国に伝わってきたとき、対馬を経由してきたと考えられています。日本におけるソバの栽培は、九州から始まり、次第に北に広まっていきました。対馬在来は、そうした歴史の名残りを残していて、他地域のソバとは、少々違った特徴を備えています。現在の中国大陸で発生したソバの野生祖先種は、もともと茎がクネクネと曲がって伸びる蔓性の植物です。対馬在来は、そうした特徴を残していて、写真でおわかりのように、茎が曲がっているのです。味も強い風味を保っていて、野生味の強いソバということができます。
【第4位】
とよむすめ (新潟県)
新潟県の十日町市は、「へぎそば」の食文化が育まれた地域として知られています。この土地で栽培されているのが「とよむすめ」。もともと、北陸地方で栽培されることを想定して育種された品種なので、この土地との相性が良いようです。蕎麦鑑定士の食味審査でも、高い評価を受けました。また、十日町市の郷土そばである、ふのりを練り込んだ「へぎそば」にも打って食味を見ましたが、こちらの評価はさらに高く、絶賛という表現が当てはまるほど好評でした。郷土そばというのは、その土地で育ったそばの味を生かすための調理法なのですが、「とよむすめ」と「へぎそば」の組み合わせは、おいしさを増幅させる良い結果を生んでいると思います。
《 産地によって、そばの味が異なる理由 》
なぜ、産地によって味が異なるのかを、ご説明します。
日本では北海道から九州、沖縄まで、ソバを栽培しています。しかし、それらの産地が、すべて同じ品種を栽培しているわけではありません。例えば、北海道では主に、キタワセソバなど、改良品種の夏ソバを栽培しています。本州では、夏ソバも栽培しますが、秋ソバも作ります。
まず、この夏ソバと秋ソバでは、まったく味が異なるということをご理解ください。江戸時代にも、夏ソバ、秋ソバは、ありましたが、そばが大人気だった江戸の町では、夏ソバの新そばが出ても、そば好きたちは、これを「新そば」とは認めませんでした。その理由は、蕎麦研究家であった新島繁さんの著書『蕎麦の事典』(柴田書店)に、以下のように書かれています。
なつしん【夏新】 夏に収穫された新ソバのこと。一般的には秋新をさして新ソバというが、それと区別するためにこう呼んだ。夏の盛りに収穫される夏ソバは、日照時間が少ないため雌しべが発育不全で、秋ソバと比べて味、色、香りともに劣ってしまう。
江戸のそば好きたちは、「夏のそばは犬さえ食わぬ」などと言って、秋の新ソバ「秋新」が出るのを、首を長くして待ったのです。夏ソバと秋ソバの味の違いは、それほど大きなものなのです。
在来種と改良品種は、味が大きく違う
江戸時代は、江戸の町でも、それ以外の地方でも、今でいうところの在来種のソバを使っていました。改良品種というものがなかった時代ですから、すべて在来種のソバだったのです。
今の時代、栽培されているソバは、圧倒的に改良品種が多い状態です。品種改良をする理由は、いろいろありますが、最も大きな目的は、収量を多くすることです。
収量を多くするために、どういうソバに「改良」するのかというと、実を大粒にして「雑駁(ざっぱく)」という、在来種特有の性質を、抑え込みます。
「雑駁」とは何かというと、在来種のソバを畑に蒔くと、育ち方がバラバラで、花の咲く時期、結実して黒化する時期に、大きなばらつきが出ます。収穫する時期になったとき、熟して黒くなった実に混じって、まだ緑の未熟な実がたくさんある状態が、在来種の特徴です。こういう性質を「雑駁」と言います。未熟な実が混じると、収量が落ち、ソバの品質が低く評価されてしまいます。そうなると生産者の農家さんは、収入が減ってしまうのです。
改良品種のソバは、この「雑駁」な性質を排除し、熟して黒化するタイミングを、みんな同じように揃えます。緑色の未熟な実が混ざらないようにするのです。
こうすると、なるほど、熟して黒化した実だけが、効率良く収穫できますね。
しかし、日本人が江戸の昔から愛してきたそばの味は、在来種の味でした。黒化した実と未熟な実が混ざっているからこそ、穀物の豊かな味わいと一緒に、まだ若々しい緑の香りが楽しめたのです。つまり「雑駁」の中にこそ、本来の日本そばのおいしさがあるのです。
さらに品種改良して実を大粒にすると、味も大味になってしまい、そばの風味が弱くなってしまいます。
しかも、そのベースが夏ソバということになったら、もはや日本人が愛してきたそばの味とは、似て非なるものとしか言いようがありません。
日本そばとは、本来、在来種のそばのこと
私たちの日本そばの食文化は、在来種のソバの味を前提にして育まれ、伝えられてきたものです。今、その伝統が、まったく違った内容に、書き換えられようとしています。
日本そばの味を、きちんと守った、おいしいソバを産する場所がどこであるのかを明確にすることにより、そばを愛する人を増やし、そばの世界をさらに活性化させることが、「おいしいそば産地大賞」の目的の一つです。
おいしいソバを産する土地「そば処(どころ)」では、その土地のソバの味を生かして楽しむ食文化が育まれてきました。この大賞では、そうした文化的な背景も評価の対象にして審査しています。
どうぞ、ここに入賞した産地のそばを味わって、本当の日本そばのおいしさを堪能なさってください。
※文字表記について = 植物としてのソバを指すときは「ソバ」。料理としてのそばを指すときは「そば」、「蕎麦」と表記しています。
【第3位】
三瓶(さんべ)在来 (島根県)
島根県大田市の名峰、三瓶山の山麓で栽培されている在来種が、三瓶在来です。古いタイプのソバの特徴を良く残していて、小粒で粒張り(りゅうばり)の良い実は、見ただけで、在来種特有のおいしさが想像できるほどです。種実を見ただけで喉がなるソバというのは、多くありません。地元での三瓶在来を守る活動も活発で、そば産地としては、他地域の方が参考にしていただきたいほどのエネルギーを感じさせます。
このそばは、かなり小粒なので、殻をむいて丸抜きにしにくいため、殻に包まれた状態で石臼に入れる「玄挽き」の方法で製粉します。そのため細かく砕かれた殻も麺に混ざり、色が黒く、風味の強い麺になるのです。これが、三瓶の食文化だと言えます。強い味を持ったソバなので、それを適度にコントロールして、上品でおいしいそばを作ることもできます。強いそばでなければ成立しない、独特の麺ができるので、食文化の幅を広げて、よりおいしい「三瓶そば」の世界を開拓していただきたいと思います。大きな期待が持てる、宝物です。
●なお2025年6月30日、「第一回 三瓶そばの魅力を味わう会」が開催されます。詳細は、以下の写真をクリックして、ご覧ください⬇︎
【第2位】
会津在来 (福島県)
会津の郷土そばは、江戸時代から伝えられている「高遠そば」です。大根おろしの絞り汁と、味噌などの調味料で味わうのが特徴で、小粒で香り高い会津在来を使うことが本来の姿です。会津の大内宿では、長ネギを箸代わりにして食べる「高遠そば」が知られています。この地方では古くから、こういう形でそばを食べる習慣がありました。長ネギを薬味として齧りながら食べるのは、少々、食べにくいけれど、非日常のイベントと捉えれば、おいしくて、楽しい経験になります。同じ東北地方の岩手県には、大切なお客様をおもてなしするときに、隣りに給仕する人が立ち、お椀の中に次々に、お代わりのそばを投げ入れる「わんこそば」がありますが、会津の長ネギで食べる高遠そばもそれに似た、遊び心あふれる食文化だということができます。
会津在来は、すっきりした軽い食味を楽しめる上品な在来種です。それでいて風味が強く、特に新そばの時期の、良く調製して打った細切りのそばは、他に比較できるそばがないほど素晴らしく、感動すら覚えます。こういうそばだから、「水そば」と言われるような、水だけで食べても満足できるそばになるのです。
【第1位】
福井在来 (福井県)
日本各地に、おいしいそば産地がありますが、中でも福井県は、全県あげて在来種を栽培していて、圧倒的な存在感があります。27人の蕎麦鑑定士が審査員になって行なった食味審査会でも、福井在来のおいしさは、別格のものとして評価されました。日本そばの食文化は、効率優先の時代の流れに押されて、今や風前の灯ですが、福井県の在来種が残されていることで、かろうじて命脈を保っているということができます。
福井県内には、大野、丸岡、勝山、今庄など、多くの産地がありますが、それぞれの地域で産するソバに個性があり、おいしさの色合いが異なります。硬質のソバ、軟質のソバ、そこから挽かれて仕上がるそば粉に個性は反映され、さまざまなおいしさを楽しむことができます。このバリエーションの豊かさは、全県で在来種を栽培しているという規模があって初めて可能になるものです。日本蕎麦保存会は、福井県を始め、各地のおいしいそばを守る産地を、全力で応援させていただきます。
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