蕎麦に小麦粉を入れるのは、なぜ?

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蕎麦に小麦粉を入れると、何が起きるのか?

 

十割蕎麦とともに人気の高いのが二八蕎麦。蕎麦を打つとき、あたりまえのように小麦粉を入れます。十割でも蕎麦はつながるのに、なぜ小麦粉を入れるのでしょう。そこには深い理由があったのです。

写真と文 片山虎之介

 

二八蕎麦の名店、長野県戸隠「戸隠そば 山口屋」の、「ぼっちもり」のそば。江戸時代の、日本蕎麦の正統な打ち方が今に伝えられる、貴重な一枚。

 

そば粉と小麦粉の混合比率

蕎麦粉と小麦粉を混ぜるときの割合を見てみましょう。

よく使われる割合は、次のようなものです。

 

外1 (そといち、といち) 蕎麦粉10に対して、1の小麦粉を加える

九一 (くいち) 蕎麦粉9と、1の小麦粉を合わせる

二八 (にはち) 蕎麦粉8と、2の小麦粉を合わせる

同割 (どうわり) 蕎麦粉5と小麦粉5を合わせる。

 

そのほかにも、3割の小麦粉を入れるとか、4割入れる、あるいは35%の小麦粉を入れるなど、様々な混合比率、呼び方があります。

 

こうして蕎麦粉と小麦粉を合わせて打った蕎麦は、Aさんが打った二八そばと、Bさんが打った二八そばは、必ずしも同じにはなりません。

それは、使った小麦粉が、どのようなものであったのかとか、蕎麦粉の状態がどうであったか、加水量や打ち方はどうであったかなどにより、大きく変わるからです。

あくまでも、二八とか、九一とかいう言葉は、蕎麦粉と小麦粉の割合だけの呼び方であって、蕎麦そのものの状態を示している言葉ではないと理解してください。

 

また、ここに表示した割合は、基本的に普通そばを作るときに多様される混合比率であって、さらしな粉の場合は、少し違ってくるということも承知しておいてください。

そばに小麦粉を入れるのは、なぜ?

 

いつから蕎麦に小麦粉を入れるようになったのか

千葉大学名誉教授であった松下幸子先生によると、寛文8年(1668)に書かれた「料理塩梅集」に、うどん粉のつなぎの記述があるとのことですので、この時代以前に使われ始めたということができます。

そして、この本には、「夏は蕎麦粉の質が落ちるので、蕎麦一升にうどんの粉を三合まぜこねると良い」という意味のことが書かれています。

つまり、蕎麦粉が夏などに劣化してつながりにくくなったときに、長くつなげることを目的に、小麦粉を使ったのだということがわかります。

江戸時代は、冷蔵技術が未発達だったため、暑い季節には蕎麦粉が劣化して、麺の形につなげることさえ難しくなりました。

それでも蕎麦屋さんは、おいしい蕎麦切りを作って、お客さんに食べてもらわなくてはなりません。

そこで小麦粉のつなぎを入れて、蕎麦の形につなげたのです。

劣化した蕎麦粉を、小麦粉の力で、むりやりつなげた蕎麦など、おいしいはずがありません。

噛むと味がわかってしまうので、細く仕上げて、噛まないで、のどごしを楽しむのが通の食べ方だということにしました。

そして蕎麦つゆの味を良くして、美味しく食べさせる工夫をしたのです。これが江戸蕎麦です。

「夏の蕎麦は、犬さえ食わぬ」ということわざも残されていますが、昔の夏の江戸そばには、こうした苦労があったのです。

蕎麦には、なぜ小麦粉を入れるのか

 

蕎麦に小麦粉を入れると、何が起きるのか

この見出しは、厳密に言うと、「蕎麦に小麦粉を入れて、水を加えると、何が起きるのか」となります。

小麦粉に水が混ざると、小麦粉の中のたんぱく質がグルテンを作り出します。

このグルテンが網目状の構造をしていて、その中に蕎麦粉を取り込むので、蕎麦をつなげる力として作用するのです。

蕎麦粉と小麦粉を合わせた粉に水回しを行うときは、グルテンのことを考えながら作業することが大切です。

小麦粉を少しでも加えると、蕎麦にはかなり明確に、その効果があらわれてきます。

蕎麦粉10に対して、小麦粉を1混ぜて打った外1の蕎麦でも、食感が違ってくるのがわかります。

まして二八になると、小麦粉のグルテンが大きく影響してくるので、蕎麦の打ち方からして「小麦粉を入れたときの打ち方」をしなければなりません。

そうです、二八蕎麦と、十割蕎麦は、打ち方が違うのです。

同じように打ったら、うまく仕上がりません。

二八には、二八の打ち方があり、生粉打ちには、蕎麦粉の香り、味を殺さずに、風味豊かに仕上げる打ち方があるのです。

蕎麦には、なぜ、小麦粉を混ぜるのか

 

蕎麦店では、なぜ、二八が好まれるのか

小麦粉のグルテンは、蕎麦を打つときに、麺のつながりを良くしてくれますが、もっとはっきり効果がわかるのが、時間経過したときの、切れ具合です。

小麦粉を入れた蕎麦は、十割蕎麦に比べて、時間がたっても切れにくいということが言えます。

これが蕎麦店が品書きに、二八そばを載せる大きな理由のひとつになっているのです。

小麦粉は、江戸の昔から、蕎麦店にとって、頼りになる相棒だったのです。

つなぎを入れない十割蕎麦でも、蕎麦粉の状態さえ、しっかり管理されていれば、十分につながりの良い蕎麦に仕上がります。

しかし、小麦粉の力を借りたほうが、作業効率があがり、営業的に良い結果が得られるのです。

蕎麦に小麦粉を入れる理由

 

グルテンをコントロールする

蕎麦の食味に大きな影響を及ぼす小麦粉ですから、そのグルテンをコントロールできないと、自分の打ちたい蕎麦を打つことはできません。

木鉢の中で、粉と水を合わせると、その瞬間からグルテンの生成が始まります。

だから水回しの最初から、グルテンを意識した指使いをする必要があります。

実は蕎麦打ちは、ここが重要で、上手に蕎麦が打てるか否かは、この段階で決まるのです。

二八そばの達人とは、グルテンを上手にコントロールできる人のことなのです。

 

グルテンは生成されませんが、十割そばの場合も、似たことが言えます。

木鉢の作業で、グルテンのある粉と同じ水回しをすると、うまくいきません。失敗とまでは言い切れませんが、蕎麦粉の風味を殺してしまう結果になります。

同じ粉で、ふたりの人が打って、蕎麦にうまい、まずいが生じるのは、このようなことが原因になっている可能性があります。

蕎麦には、なぜ、小麦粉を混ぜるのか

 

小麦粉の選び方

どういう蕎麦に仕上げたいかによって、どの小麦粉を使うかを考えましょう。

田舎そばと呼ばれるような、黒っぽい蕎麦を打つときは、色の暗い小麦粉を使うのも良いでしょう。

田舎そばの場合は、ソバの実の殻の微粉が混ざっていたり、粗挽きだったりして、つながりにくいことがあります。

そんなときに、たんぱく質の多い小麦粉を選んで使うと、良い結果に結びつく場合があります。

つまり、中力粉よりも強力粉のほうが、良いかもしれないということです。

ただし、蕎麦のつながりだけを考えて、小麦粉は選ぶべきではありません。小麦粉を変えると、食感も味も、香りも変わってきます。打ち方までも変える必要があります。

小麦粉の個性を活かすには、その小麦粉の特徴を理解し、どう扱えば良いのかという点に十分に配慮しなければ、美味しい蕎麦に仕上げることは難しいでしょう。

 

淡い緑を帯びた、繊細な香りの蕎麦粉には、その持ち味を生かすのに適した小麦粉があります。

また琥珀色の麺にホシの飛んだ蕎麦を作るなら、それにふさわしい小麦粉を使わなければなりません。

どんな蕎麦粉に対しても、いつも同じ小麦粉を入れて打つなどということは、考えられないことです。

蕎麦を打つのに小麦粉は、それだけ重要な相棒なのです。

 

 

小麦粉は、どう使えば良いのか

小麦粉を使う場合に注意しなければならないことは、大きく、三つあります。

ひとつは、灰分(かいぶん)の比率をみること。これはミネラルなどの物質をどれだけ含んでいるかという指標です。

基本的に灰分の比率が少ないほど、小麦粉の匂いが弱くなります。

蕎麦を食べたときに、ときどき小麦粉の匂いがするものがあります。蕎麦を良く知らない人は、これが蕎麦の香りだと思って、「蕎麦の香りがいいね」などと言ったりしますが、それはちょっと違います。

蕎麦には、蕎麦特有の香りがあり、小麦粉の匂いは、また別のものです。

蕎麦の繊細な香りを生かしたいなら、灰分の低い小麦粉を選びます。

蕎麦の色が黒くて、アクの強い蕎麦だったら、灰分が多くても影響は少ないでしょう。蕎麦の香りが消される心配より、つながりの良さを優先したほうが良いかもしれません。

 

小麦粉を使う場合の注意点、ふたつめは、たんぱく質の量を見るということです。

つまり、薄力粉か、中力粉か、強力粉を選ぶかということです。

これは実際に自分で使ってみて、その感じを把握するのがいいでしょう。

そこが理解できていれば、この蕎麦粉をどういう食感に仕上げようかと考えたときに、直感的にわかります。

 

そして三つめの注意点は、色です。

色味の良い蕎麦は、食べる人の食欲を刺激します。

白っぽい麺に仕上げるには、どの小麦粉を使うのか。

黒い蕎麦にしたいなら、どれを選ぶか。

さらに、琥珀色で透明感を出したいなら、どう作業するのが望ましいのか。

工夫することは、山ほどあります。

自分の好みの小麦粉を選び出して、それを使いこなすことが、思った通りの蕎麦を作る秘訣です。

 

十割蕎麦より美味しい二八蕎麦は、あるのか

結論からいうと、あります。

必ずしも十割そばのほうが美味しいわけではありません。

かといって、二八そばの方が美味しいと言うこともできません。

世の中に存在する、すべての十割そばが同じではなく、二八そばも同様で、打つ人により、打ち方により、まったく異なる麺になることが、その理由です。

 

だから、二八そばを、「こういう美味しさを備えた蕎麦を作りたい」と狙いを定めて、正確にその的を射抜いたなら、とてつもなく美味しいそばができることでしょう。

小麦粉を入れると、食感の面で、生粉打ちより選択の自由度が増すため、コントロールしだいでは、十割そばを凌駕する二八そばができます。

すべては、そばを打つ人が、何をどれだけ知っているか。それをどれだけ、自らの技として使いこなせるか。そば打つ際、どれだけ手を抜かずに打てるかで、結果が違ってきます。

これが蕎麦の醍醐味です。

 

蕎麦の面白さを一言で表現すると、「研ぎ澄ますことの喜び」だということができます。

何かを追求して極めたいと、心から思う人が、蕎麦の世界にのめり込むのは、ここに理由があるのです。

 

⬇️二八そばと十割そばについて、さらに深く知るには、以下のアイコンをクリックして、ご覧ください。

 

 

 

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