二八そばがおいしい理由と小さな落とし穴/そば研究家・片山虎之介
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二八そばの、小さな落とし穴
二八そばとは、なんでしょうか。
そば好きの方なら、ご存じですね。
作るときに、そば粉8、小麦粉2の比率で混ぜて打ったそばです。
つまり、そば粉と、つなぎの小麦粉の混合比率が、そのまま名前になっているのです。
しかし、実はここに、小さな落とし穴があるのですが、本題に入る前に、ちょっと、この落とし穴を覗いてみましょう。
(※二八そばの名前について語るとき、そば一杯が十六文であった時代に、2×8=16という言葉にかけて名付けられた代価説という話が、よく出てきます。この記事内では、現代のそばについてお話しするため、ひとまず二八そばの名前の由来は別の機会に譲って、ここでは触れません)
二八そばに小麦粉は何割入っている?
今、そばを打つ人たちは一般的に、二八そばは、そば粉8に対して、小麦粉2を加えたそばと理解しています。
具体的にいうと、二八そばを打つときには、800gのそば粉と、200gの小麦粉を合わせるということです。
この粉で打ったそばを「そば粉に2割の小麦粉を入れた、二八そば」という言い方をします。
これに疑問を持つ人は、あまりいません。
昔のそば屋さんでは、そば粉や小麦粉を計る際、四角い升(ます)などを使い、この器で、そば粉を4杯、小麦粉を1杯と計って木鉢に入れ、4対1(8対2)の比率で二八そばとして打ってきました。
合計で5杯の粉になるわけです。
仮に、升に200gの粉が入るとするなら、木鉢の中の粉は、そば粉800gと小麦粉200gで、合計1kgの粉ということになります。
二八そばとは、「そば粉に2割の小麦粉を入れた」粉で打ったそばと理解されているわけですが、この1kgの中を見ると、実は小麦粉はそば粉に対して0.25の割合で入っているのです。
つまり二八そばとは、「粉の総量のうち2割が小麦粉」の粉で打ったそばであり、「そば粉に2割の小麦粉を入れたそば」ではないということになります。
もしも、そば粉800gに対して2割の小麦粉を入れるとするならば、小麦粉は160gなので、粉の総量は960gで打つことになります。1kgには、なりません。
2対8の混合比率の粉には、厳密にいうと、そば粉に対して小麦粉は「2.5割」入っています。
細かいことのようですが、しっかり認識しておいていただいたほうが良いと思います。これを良く理解していないと、非常に間違いやすいのです。
どういうときに間違うかというと、たとえば700gのそば粉が手元にあったとします。これで二八そばを打とうとすると、「二八は2割つなぎを入れるのだから、700gの2割で140gの小麦粉を入れればいいんだな」と考えてしまうのです。合計で840gにして、そばを打ってしまいます。これでは4杯1杯と数えた本来の二八そばにはなりません。
700gのそば粉を4杯1杯の本来の二八そばにするには、小麦粉を175g入れる必要があるのです。合計で875gが正解です。打ち上がったそばを食べてみて、「なんだかへんだなあ、どうしてこうなってしまうのだろう。二割入れたのに‥」ということになりがちなのです。
140gと175gの小麦粉の違いが、どのくらい大きなものかは、そば打ちをなさっている方には、容易に想像できると思います。「小さな落とし穴」とタイトルには書きましたが、実は、決して小さくはない落とし穴なのです。
そばは、「同じそば粉を使っても、打つ人によって味が違う」とか、「同じ粉で自分で打っても、きのうと今日では、なぜか味が違う」などと言われます。それにはいろいろな理由があるのですが、ひとつには、この混合比率の問題を認識していないため、知らないうちに小麦粉の量を間違えていたということも、考えられる理由のひとつではあります。
そばに小麦粉を入れるのは、なぜか
さて、本題に戻ります。
「二八そばが、おいしい理由」です。
二八そばは、そば粉だけでなく、小麦粉を混ぜてあるのですが、そばを作るのに、なぜ小麦粉を入れるのでしょうか。
それは、そば粉だけで打つと、しなやかな麺の状態にするのが、ちょっと難しいからです。
小麦粉にはグルテンという、粘り気の強い物質が含まれています。そのグルテンの力を借りて、そばを細く長くつなげ、しなやかさを持たせるのです。
小麦粉のグルテンは、うどんやパンを作る際にも利用されます。おいしさを付与するには、とても大切な成分なのです。
小麦粉をそば粉に混ぜて使うようになったのは、江戸時代のこと。
寛文8年(1668)の「 料理塩梅集」に、夏にはそばが、つながりにくくなるので、うどん粉を入れると良いとの記述があります。これが小麦粉をつなぎに使うことについて書かれた文書としては、現在発見されている中で、最も古いものです。
小麦粉を混ぜることで、そばは、夏でも美しい麺に仕上げることができるようになりました。
それと同時に小麦粉の利用は、そばという食べ物に、切れにくさと、しなやかさ、つるりとした喉ごしの良さをもたらしたのです。
この感覚は、そば粉だけで打った十割そばには望めないものでした。
そばが持っている魅力を、さらに引き立てる、小麦粉という頼もしい助っ人が登場したのです。
小麦粉の使用は、そばという食べ物に新世界を切り開く、革命的な発明だったということができます。
これにより、それ以降の江戸そばの食文化は、飛躍的な発展をみることになります。
つなぎに小麦粉が使われる以前の「つなぎ」は
そばに、小麦粉が使われるようになるまでは、十割そばが主流でした。
一部の郷土そばには、小麦粉以外の「つなぎ」になる食材を練りこんで麺にする食べ方がありましたが、江戸でも、信州でも、つなぎを入れない「生粉打ち(きこうち)」が、そばの基本的な作り方でした。
そば粉には、小麦粉と違ってグルテンがありません。
だから郷土そばでは、「つなぎ」になる食材を練りこんで、そばを長くつなげる工夫をしたのです。
どんなものが「つなぎ」の役割を果たしていたのでしょう。
例をあげると、長野県などで使われる「オヤマボクチ」や「ヤマイモ」、青森県の津軽そばに使われる「呉汁(ごじる)」などです。「呉汁」とは、大豆をつぶして作った汁のことです。
新潟県の小千谷などで使われる「布海苔(ふのり)」も、そのひとつですが、これが使われるようになった時代は、比較的新しいようです。
「オヤマボクチ」というのは野草の名前で、この植物の繊維だけを取り出して、そば粉に混ぜて打ちました。葉の裏などに細かい毛がたくさん生えた植物で、これを煮たり、干したり、叩いたりして、繊維を取り出します。
「ボクチ」というのは「ホクチ(火口)」のこと。昔、火縄銃の点火装置である火口(ほくち)に、この植物の繊維が使われたことから、こう名付けられました。
「オヤマボクチ」を使うと、小麦粉とも違った、独特の食感の、おいしいそばを作ることができます。
二八、九一、小麦粉の割合は、いろいろ
そば粉に、小麦粉を混ぜる割合は、8対2だけでは、ありません。
そば粉9に、小麦粉を1入れて打ったそばは、「九一(くいち)そば」と呼ばれます。
二八そばに比べると、小麦粉の量が少なくなるので、グルテンの影響も弱くなり、十割そばに近い感じの麺になります。
「十割そばに近い感じの麺」とは、どういう意味かというと、食べたときの食感や、味、香りが、十割そばに、より近ずくということです。
また、そば粉10に対して、1割の小麦粉を入れる方法もあります。これは「外一(そといち・といち)」などと呼ばれます。
合計で11の粉ということになります。
九一も、外一も、実質的には同じ
実際に計算してみるとわかるのですが、九一も、外一も、そば粉と小麦粉の割合は、ほとんど変わりません。
それなのに、なぜ、ふたつのやり方があるのでしょうか。
そば粉900グラムに100グラムの小麦粉を混ぜ、合計1kgの粉を打ってそばを作る方法が、九一の打ち方です。
それに対して、1kgのそば粉に、100グラムの小麦粉を混ぜて、合計1.1kgの粉を打ってそばを作るのが、外一の打ち方です。
ふたつの方法の何が違うかというと、そば粉と小麦粉の割合は、ほぼ同じなのですが、打つ際の粉の総量が違うのです。
そばを打つときは、「粉の総量に対して何パーセント」という計算で、水を加えて打ちます。この水の量が、微妙に多かったり、少なかったりしただけで、そばは上手に打てません。
もとの粉の量が1kgで端数がないと、何パーセントという加水の計算が、楽にできます。
それが1,100グラムなど、端数が出てくると、ちょっと計算が複雑になってくるのです。
仕事の現場であわただしくそば打ちをするときに、加水量の計算間違いが起こらないように、1kgと、キリのいい量で打つのが、九一の方法。
そば粉が1kgあるから、そこに小麦粉を100g入れて打とうと、そば粉の量を優先して考えるのが、外一の方法なのです。
どちらも、味、食感に違いはありません。
そば粉と小麦粉の混合比率は、いろいろある
そのほかにも、そば粉7に対して、3の小麦粉を混ぜたり、6対4、あるいは5対5など、そばを打つ人の考え方で、様々に比率は変わります。
5対5の割合で混ぜるのは、同割(どうわり)などと呼ばれます。
そば好きの人たちに、よく知られているのが二八そばです。町のそば屋さんで、最も普通に食べることができます。
そば粉と小麦粉の混合比率がたくさんある中で、2対8の割合が特別に好まれ、広く普及するようになったのには、理由があります。
小麦粉に水を加えて練ると、グルテンというタンパク質が形成されます。このグルテンは微細な網目状の構造を持っていて、粘弾性も強く、そば粉をつなげる役割を果たしてくれます。
だから小麦粉を加えて打ったそばには、しなやかさが備わり、つるりと滑らかな、のどごしを楽しめる、そばになるのです。
小麦粉をさらに加えると、麺のつながる力は、より強くなるのですが、小麦粉が多くなるほど、食感がうどんに近づいてきて、食べたときに、ちょっと噛むと麺が切れる「もろさ」の感覚が、希薄になってきます。この「もろさ」こそが、実は、そば本来の食感なのです。
小麦粉のつながる力を利用しながら、そば本来の風味や食感を損なわない、ギリギリのところでバランスのとれる混合比率が、2対8の割合なのです。
これ以上、小麦粉が多くなると、弾力が強くなりすぎて、そばを打っていても、うどんを打っているような感じになってきます。
また、歯でくわえて引っ張っても、なかなか切れない麺になり、本来のそばとはちょっと違う食べ物になってしまうのです。
そばを食べる楽しみのひとつは、食感を楽しむことです。
その食感が、そば以外のものになってしまったら、そばを食べる理由は、なくなってしまいます。小麦粉の魅力を引き出した、ほかの麺を食べればいいことになります。
2対8ぐらいの割合が、小麦粉が縁の下の力持ちとして、主役のそばを引き立てる、ちょうどバランスのとれた割合になるのです。
二八そばがおいしい理由は、まさにそこにあるのです。
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なお、「二八そばが、おいしい理由と小さな落とし穴」に関連する記事としては、「十割そばと二八そば、どちらがおいしい」(『日本蕎麦保存会jp』に掲載)や、「蕎麦に小麦粉を入れるのは、なぜ?」(『日本蕎麦保存会jp』に掲載)、「十割蕎麦がおいしい理由」(『蕎麦Web』に掲載)などをアップしていますので、よろしかったら、ご一読ください。
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